JUVY TCにお寄せいただいた会員の声           ※ 会員の声バックナンバー


  岐阜県在住の会員から、エッセイが寄せられましたので御紹介いたします。
  なお、執筆者からの希望により、お名前は控えさせていただきます。(平成23年5月)





   母の贈り物 (岐阜県エッセイ入選作品)


  母が逝った。
  一年近くのガンとの闘いではなく、共生であった。八十歳を過ぎていたため、手術は止め、抗がん剤での治療となった。当初は抗ガン剤が良く効き、一時はガンの影がなくなるまでになった。しかし、この薬による副作用と思われる症状が出るようになった。
「もういい。充分に生きた。悔いはない」と自ら抗ガン剤を飲むことを止めた。そんなに簡単なことではないのだが、抗ガン剤を飲んで欲しいと言えなかった。それ以後ガンとの闘いではなく、共生とでもいうような日々となった。家族がヒヤヒヤ過ごす中、母は悠然と日々を過ごすようになっていった。
  四回の入退院を通して、私は見たことのない母に出会うようになっていった。また母の日常を初めて知った思いがした。
 母は症状が進む中で十分に声を出すこともできなくなっていった。しかし、「声が出せないだけで、人生の中で今が一番幸せ」と紙の上に書きにっこりと笑った。今が一番幸せなんてと悲しくなったが、なぜそんなことを言うのかと考えた。
  結婚以来、自分が主役と思える瞬間が『今』であるかもしれない。病気になり家族が母を中心に生活を送るようになり、母が主役の日々になったことに、驚きと喜びがあったのではないか。脇役で過ごすことに慣れすぎていたのである。母の好物を買っていくと、びっくりした顔で「どうして好きなことがわかったの」と言う母に「五十年も娘をやっとるんやよ」と言って笑いあった。
 母は多くの苦労をしてきた。祖父が早くになくなり、祖母は女手ひとつで六人の子供を育てた。母はそんな中で女学校を出て、さらに進学を希望していたが、これ以上は経済的に困難であった。女学校を出てから、川崎で働き、休日には銀座へも行ったと懐かしそうに私には話していてくれた。戦争でやむなく岐阜に帰り、終戦後、父と結婚をした。
  父は九人兄弟の長男であり、母は結婚によって、やったこともない農作業をしなければいけない日々。想像を超える結婚であった。
  幼い頃、私の母の思い出は決して明るいものではない。父とのけんかもよく目にした。子供心には、「母を泣かせる父が悪い」と常に思っていた。今思えば、父が悪いばかりではなかった。婚家の生活習慣になじめない母にはジレンマもあり、父に当たっていたのではないかと思う。「この家を出て行こうよ」という私のことばに母は「ここにいれば、あなたたちを大学まで出せる」忘れることができない一言である。
  子供の成長だけを楽しみにしてきた母であり、今、死を目前にしながら「子供たちがそれなりに成長し、そこそこの生活ができている。それが充分の幸せだ。もう思い残すことはない。大丈夫やて」と淡々と話した。「生きることは、たらいの水を次のたらいに移すことと昔の人が言ってたけど、本当にそうやわ」とよく言っていたが、母はその仕事も終わったのだろう。
  自宅療養中は、昼間は寝たり起きたりで、近所の人の世話になりながらの生活であった。見舞いに行くと一人コタツにあたり、うつらうつらしていることが多かった。「どう、元気?」と声をかけると、「う〜ん、生きているか、死んでいるかわからんのや」と言ったり、「病気になっていろいろなことが見えてきた。私は生きて極楽を見たよ」と言ってニコニコする。
  母は本をよく読んでいた。入院中に読み忘れている本があるから買ってきて欲しいといった。それは「青春」というサムエル・ウルマンの詩であった。また、死後、台所で見つけた紙切れには数首の短歌が書かれていた。その歌から母の思いと、寂しさが伝わり、思わず涙がこぼれた。読書と短歌を作ることが母の人生の楽しみであり、老後の支えであった。
  亡くなる前一カ月は病院で過ごした。病状はかなり進み、母も覚悟をしていた。「死ぬのは悲しくない。別れるのが寂しい」と言った。「これ以上あなたたちに迷惑をかけたくない。迷惑をかけて悪いねぇ。もういいんや」というようになった。「誰も迷惑ではない。生きていてくれるだけでいいんだよ」私は母といるだけで満たされた。「その言葉が一番嬉しい」そして最後の母の言葉は「もう限界」であった。
  死後、担当の看護師さんから「お母さんは最後にまだ楽しみがある。死ぬ時はどんな感じがするのか楽しみだ。と言ってみえましたよ」と。最後まで毅然として生きた母。病気になって以来、病気を受け入れ、その後に来るだろう死も受け入れていた。私たちに最後に示してくれた生き方だった。母からたくさんの愛と生きる気力をもらった。ありがとう。
  できることなら、もう一度会いたい。