JUVY TCにお寄せいただいた会員の声

長島 宏光さん:栃木県佐野市(平成20年1月21日)皆さん、初めまして。
 JUVY8で投てき競技の指導をさせていただいております、長島と申します。体が横に大きくグラウンドでは目立つ存在であります。よろしくお付き合いいただきますようお願いいたします。では、私の独り言をお聞きください。
 私が陸上競技を始めたのは、中学に入ってからです。競技種目は、短距離、ハードル、そして砲丸投げ。冬は長距離〔駅伝選手として〕を主に3年間行っておりました。記録的には、佐野市レベルの選手でありました。高校に入ったときは野球をやりたくて、そのための中学陸上だったと思います。しかしその当時、岡島先生、長野先生(故人)、現在のクラブのGMでもあります奥澤先生が佐野高校の陸上部を見ており、合格と同時に陸上部にお誘いいただいたことを覚えております。中学時代無名であった私が、入学し最初の県大会で、砲丸投げ1年生の中ではトップになり、その年の三重国体に行かせていただいたことは今でも信じられないことであります。3年の時には、岡山インターハイ、ハンマー投決勝にも残ることができましたし、陸上競技を続けて良かったなと感じました。また、大学時代も結果としてたいした記録は残せませんでしたが、100名からなる陸上競技部の副将を経験したことは、今でも社会に出て役に立っていると実感しております。
 以上が私自身の陸上経験であります。

 一度は離れた陸上競技から縁あってJUVY8の投てきコーチとなったことで、再びフィールドに立つことになりました。
 子どもたちを指導して感じることは、「おはようございます」・「こんにちは」・「ありがとうございました」・「失礼します」といった挨拶がはっきりと言えない子どもが多くなってきたことであります。学校教育の中でも「おはよう・ありがとう・失礼します・すみません」のオアシス活動があると思いますが、これが使えない子どもが多いことです。では何故使えないのか、子どもを見ていると@挨拶が出来ない→A挨拶を知っていても使うタイミング・意味を理解していない→B周りに見本となるものが無い・いない、のではないかと思うのです。
 
 ”挨拶を通して明るい社会”の願いを込めて1974年から始まった「オアシス活動」ですが、人と人との付き合い・繋がりはコミュニケーションの第一歩である挨拶から始まるものと考えます。私自身、指導の中でも挨拶については特に注意していることですが、今後、陸上競技だけでなく、社会に出ても人生の中で必ず必要となるものと思います。私たち先に生まれたものが手本となり、見本となって子どもたちへ伝えて行くことが指導する際の基本であると再確認しながら私の独り言を終わります。

菅原 克己さん:栃木県佐野市(平成19年10月18日)「なわとび」のすすめ  

 先日、自宅の車庫を片づけていたときのことです。
 車庫の片隅にかつて子どもたちが使っていた自転車、一輪車、野球用具やバレーボール、履き古したランニングシューズなどがごっそりとありました。大学生となっている子どもたちにとってはもう使うことのない、処分し損なったものばかりです。子どもたちの小学生の頃を懐かしみながら片付けをしていると、子どもたちがランドセルの横に縛り付け通学していた、成長にあわせた長さの違ったビニール製の「なわとび」が何本も出てきました。
 その時、子どもたちの懐かしい思い出とは別に、その「なわとび」を見て自分が陸上競技に没頭していた高校時代の練習のことが思い浮かびました。
 高校時代の練習にはウォームアップやサーキットトレーニングの種目としていつも「なわとび」がありました。中距離をやっていた私は、800mのレース展開をイメージしながら2分間速いスピードで跳ぶことを何セットも繰り返す練習もやっておりました。それは補強運動として、主練習の前後や練習のセット間に行ったり、体調をチェックする一つとして行ったりし、それなりの効果があったことを覚えております。
 
 誰もが遊んだ記憶をもつ「なわとび」は、どこでも手軽にできる運動で、継続的に行うことにより、全身持久力や調整力を高めると言われております。
 以来、私はこれを機に健康でスポーツを続けるために、古くて新しい運動である「なわとび」を日常生活の中に取り入れ、今では私の日課の一つとなっています。
 
 是非、皆さんもそれぞれの目的に応じて工夫を凝らした、「なわとび」を取り入れることをお奨めします。
 なお、「なわとび」は高校時代以来、再び私の生活の一部となりましたが、車庫の片付けは未だに済んでおりません。

石塚 勇さん:栃木県足利市(平成19年7月25日)ハードル競技について思うこと       
 
 はじめまして。スペシャルニーズスポーツ(JUVYSNS)担当およびハードルコーチの石塚 勇です。
 ここでは、ジュニアのみなさんを中心に、私が「ハードル競技」をとおして感じたことや思いを伝えたいと思います。
まずは、私が高校3年生の時、陸上競技部々誌に表現したことを思い出しながら書いてみます。

                「ハードル様」
 中学1年当時、走り高跳びを専門種目にしていたが、秋、練習中にちょっとしたき っかけで始めたハードル競技。
 簡単なことでは、通すことを許さないハードル様。高く跳びすぎると、スピードロ スを余儀なくされる。
  頭上を越えていく失礼をわびるように、できるだけ深く頭を下 げる最敬礼(デイップ)をしなければならない。
  ハードル様より低くクリアーするこ とになると、手痛い頭突きをちょうだいする。おかげで、私の右足くるぶし内側は 
“擬似かかと”となってしまった。
 そのようなハードル様の中で最も威厳があるのが1台目。仁王立ちするかのような 1台目のハードル様のクリアーに失敗すると、落後者のレッテルを貼られたかのよう にそれ以降のハードル様のクリアーに支障がある。うまく1台目をクリアーし、2・ 3・4・・・・9台目までリズムよくクリアーしたとしても、10台目のハードル様が待ちかまえている。早くゴールにたどり着きたいとの思いから、10台目をおろそ かにすると大変なことになる。それまでトップを走っていた競技者が、10台目に失敗して順位を下げた例があることからも理解できるであろう。
  私は、大学進学後もハードル競技を続けるつもりだが、いつか偉大な10台のハードル様に、「完璧」と評価されるよう邁進していくつもりである。
 
 競技者としての時間は限られている。その間に、多くのことを学ばなければならない。
   「命短し、走れ若人。」(引用)である。


 以上のようであったと記憶しています。
 さて、上記の中からいくつかの言葉をひろいだしてみます。

 A ・・・ できるだけ深く頭を下げる。
 B ・・・ 1台目のハードル様のクリアー。
 C ・・・ 10台目をおろそかにすると大変なことになる。
 D ・・・ 「完璧」と評価されるよう邁進していく

 A、B、C、Dについて、私なりの解釈をしてみます。

○ A: 「できるだけ深く頭を下げる。」について
みなさんの周囲を見回してみてください。意識するしないにかかわらず、多くの人たちが 支援や応援をしてくださっています。または、頑張れば越えられる課題(ハードル)を与えてくれます。そのような人たちに、感謝し、あいさつをしましょう。どうぞ「できるだけ深く頭を下げ る。」行為をしてください。さらに、こんなあいさつができると、心と心がふれあうことができるでしょう。社会人に なってからも役立ちます。
  「○月△日の☆☆大会、御指導よろしくお願いします。」
  「先日の☆☆大会では、お世話になりありがとうございました。」

○ B: 「1台目のハードル様のクリアー」について
 “何事も始めが肝心”“始めよければ終わりよし”などと言われています。スタートできる十分な準備を整えて、自信をもってスタートラインに立とう。適切なアロ ローチ(スタートから1台目の踏切まで)ができる適応力が大切です。これらの準備や適応 力は、競技会に臨む調整力とつながっているようです。

○ C: 「10台目をおろそかにすると大変なことになる。」について
“油断大敵”“終わりよければすべてよし”などと言われています。ゴールするまで気を抜かず、あきらめず、最大限の努力をしよう。
ちなみに、一流選手は10台クリアー後の第1歩から再加速をして、ゴールライン上での 勝負をしているようです。

○ D: 『「完璧」と評価されるよう邁進していく』について
目標を持って生活することが大切です。
 何をもって「完璧」なのかわかりませんが、大きな目標を掲げ、そのための小さな目標を 設定すると努力のしがいがあるでしょう。そして、小さな目標を実現するための具体的方法を考えましょう。たとえば、生活リズム、栄養摂取、練習内容や方法、休養や回復、勉強時 間、交友関係、家庭での役割など。具体的にどうするかを考えると、方向性や力点が定まりやすいようです。
 また、“評価は周囲の人がすること”と心得ると良いでしょう。自己評価も大切ですが、「頑張っているんだけどなあ。」と嘆くことのないようにしていただきたい。なぜなら、競技者は結果を出すことが第1なのだから。
自己新記録を出し続けよう。 ( 命短し、走れ若人。 ということかな? )

  以上、「ハードル競技について思うこと」を書きましたが、いかがでしょうか。
  何かを感じていただければ、うれしく思います。

川田浩司さん:栃木県佐野市(平成19年6月4日)先日、関東インカレに行ってきました。私にとっては実に久しぶりの国立競技場でした。そこで幸運にもサブトラック(入場者門からスタンドに入るランプの下)に入ることができました。ちょうど1部校の男子200mの決勝前のウォーミングアップの最中でした。

 その場所は薄暗く、物音はすぐ脇のスタンドからのアナウンスが遠くに聞こえては来るものの、走路を走る選手の足音だけです。その空気は、まさにピーンと張りつめており、緊張感がみなぎっていました。選手のコーチもお互いに一定の距離感を保ちながら、選手の様子を静かに見守っていました。
 日頃、県の競技場のサブトラックで会場を我がもの顔で大声を出している指導者や緊張感のない選手同士の会話している様子に慣れてしまっている私にとっては、全く異質の空間、時間でした。
 本当の緊張感とは外から見ると、このような実に静かなものなのかもしれないと思いました。

 一方、選手のウォーミングアップは、これまでの私の常識では考えられないくらい実に激しいものでしたでした。各大学を代表して互いの大学と選手個人の誇りと威信をかけて、まさしく”しのぎを削っている”ように感じました。世界に通じる男子スプリントのレベルの一端を垣間見ることができたように思います。
 
 私は、女子の三段跳の ウォーミングアップを見に行ったのですが、現在の男子スプリントと女子三段跳のレベルの違いをはっきりと感じました。
 何が違うか、スピードの違いは当たり前ですが、ウォーミングアップ自体の質と量がまるで違いました。三段跳の選手たちのウォーミングアップの軽いこと、少ないこと。案の定結果は、200mは、石塚、塚原、と我がJUVYの斎藤の3選手が1,2,3位で3選手が20秒台のハイレベルなレース、一方女子三段跳は、ベスト8になってから誰も3回目までの記録を伸ばせない試合内容でした。サブトラックで「こんな少なくて、力だせるの?」と感じたことが現実となりました。

 関東インカレ一部校男子200m決勝は、私自身のこれまでのウォーミングアップに対する考え方、見方から新しい感覚を目覚めさせてくれました。

 後日、県高校総体の結果を聞き、JUVYの練習会に参加しましたがインカレで感じたことは、高校生たちも同様でした。
”どうしたらもっと自分の力を発揮することができるのか”ということをもっと考える必要があると思います。選手の力を引き出す役割は、我々コーチの役割でもあります。
 しかし、やはり選手自身がどうしたらもっと自分の力を発揮できるかを真剣にかつ緊張感を持って取り組まなければ、いい素質も宝の持ち腐れになってしまします。
 幸いにもJUVYには、経験豊富なスタッフや会員の方々が大勢います。こういった方々の経験や知識などいわゆる”利用”しない手はないと思うのですが、高校生諸君、いかがでしょうか。奮起を期待したいと思います。
 
 もうすぐ全日本インカレも目前となりました。斎藤君、矢代君は、”勝ちにいく!”とこのHPで述べています。ぜひ、あのすばらしい緊張感の中で”勝利”をもぎ取ってください。
 JUVYの選手の皆さんの目標達成を心からお祈り申し上げます。

大豆生田洋さん:栃木県佐野市Circle-JUVY8ではスポーツ活動のみならず、それを超えた部分においても「人生」を学ぶ場所としていつもお世話になっています。
JGMの奥澤先生に、息子の進路の件でご相談を差し上げたときのお話です。
「生き様を見つけられることは才能です。こだわりは生き様の万能薬です。ここらへんから息子さんには入り込みましょうか。ところで、夜を徹して、夢を語れる友人はいますか?」という言葉をいただきました。
「自分には世を徹して語るほどの夢は、こだわりはあるだろうか?・・・」そして息子とも進路の件で夢や将来の目標などの話をしているうちに、「自分自身はどうなのか」と自問してみたところ、実に曖昧で具体性が無く、「明確な目標がある」とはいえないということがわかりました。恥ずかしい限りです。もし、息子に「お父さんはどうなの?」と聞かれたら自信を持って答えられなかったでしょう。

自分の生き様は見つかっているのか、こだわりはあるのか、夢は語れるのか、息子と一緒に考えなければなりません。今まで、こども達を指導しているつもりでいて、実は不甲斐ない自分自身へ言い聞かせていたようなところがありました。
今までの自分を検証し、「本当の目標、夢、ライフワーク」を明確したいと思います。夢や目標を語れない、ということは自分自身を知らない、ということだと思います。そして「なんとかなるだろう」という非常な甘えと依存の構造が自分の中にあることもわかりました。
自分の精神の不安定さや曖昧さ、劣等感や恐れの原因が、「自分のことをよく知らない、わかっていない」ことによる明確な目標や夢の欠落、にあるとは思ってもみませんでした。そして人生の成功とは確固たる目標がある、見つけられる、ということではないか、ということに気付かせていただきました。
ありがとうございます。今後ともご指導のほど宜しくお願いします。

新井真智雄さん:栃木県佐野市
私が大学2年当時、陸上競技で大変ハードなトレーニングに明け暮れしていたときの話をいたします。
そのハードさは、あまりの辛さに、ともすれば仮病を使ったりしてその場から逃げだそう・・・と思う事も度々あるほどのものでした。(その時点で、気持は練習内容に負けていて、練習を消化して自分の血肉となす、という事など出来なくなっていた訳です)
そんなある日の事、ある書物の中に、次のような内容の言葉を見つけました。
「強い選手、強くなる選手は、今やっているこの苦しい、辛い練習は、あと数十分から数時間で終り、そのあとは自分の家や部屋でくつろげるのだ、ということをきちんと理解している選手である。」
この言葉に出逢った時、自分の弱さに気がつくことができました。そして自分も"強い選手、強くなる選手になろう!"と思い、辛い時、苦しい時は、いつもこの言葉を思い出して、練習に取り組んだものでした。
現役選手の皆さんの今後の競技生活、そして競技力向上において、この言葉が役立つこと、参考になることがあればと思い、紹介させていただきました。

大豆生田 洋さん:栃木県佐野市 自営業JGMからの四季の風 拝読させていただき、GMのお考えを風にたとえてお流しする、ということに、深く感じ入りました。

様々な風を感じることで人は人となりを経験し、自分というもの、人というもの社会というものを理解していくもの。自分自身と対比するものが無ければ、人は自分のことが全くわからないものなのかもしれません。

世の中には様々な事象が存在し、発生していますが、人はそれを知り、判断し自分自身を確認しているものだと思います。あらゆる情報は、自分自身が求めたものであり、その情報をもとに、自分を創りあげているのかもしれません。この、「情報」というのは「経験」と置き換えできるものと考えています。

高校時代より、その風に触れる機会に恵まれ、様々な経験をさせていただき、私は今の自分自身を創り上げてきたと思っておりますが、この「情報」「経験」から得られた人生の醍醐味をを己の内にだけに留めておくことは非常にもったいないことだと思い、自分と接点のできた人々に伝えることが恩返しであり、自己の発展、夢、そして社会の発展、向上につながるものと確信しています。

「JGMからの四季の風」の創刊が私たちの夢につながることを願っております。