康駿視点    第2回(2011.6.8.) ー速さと強さー      

 
 過日、岩手県高等学校総合体育大会陸上競技大会が開催されている北上市にJUVYからの贈り物を届けながら激励をしたく一人出向いた。
 今年の正月の箱根駅伝に一緒に行った黒澤尻北高校の高橋君や、これまで何度も合宿等で交流を深めてきた高須君、和気君、小松山君などの活躍を目のあたりに見て元気をいただいた。
 北上での陸上談義をしている中で『エッセイが「四季の風」から「康駿視点」に変わったが、題名の「康駿」の意味を教えていただきたい』と質問されたので、その場で説明した。その際、割り箸の入っていた紙に「而」の字を書いた時の小池先生の反応は速く、さすがに国語の先生はすごいものだ、と思った。
 そのようなことは実は当たり前のことなのであるが、あらためて私の意を説明させていただく。

 時に天馬在り
 天馬心身康にして朋と共に活きる
 中でも傑なる天馬を特に康駿と呼ぶ
 而るに康駿自氣にて走る

  今から二十年ほど前に「理想のスプリンターとは何か」という思いの中で作った詩句である。これが「康駿」の意味である。決して、自分の名前の一字の「康」と好きな競馬の「駿」の合体造語などではない。

 ちなみに「康」には、安らか、丈夫、楽しい、仲が良い、大きい、などの意味があり、「駿」は足の速い馬という意味だけでなく、速い、大きい、長い、きびしい、などの意味もある。
 
 そのようなことも含め、今回は「康駿」関連の話題を展開したいと思う。


速さと強さ

 
 これまで、国内の選手で最も速いと私の眼に映ったのは、ソウルオリンピックに備えて札幌で合宿をしていた時の青戸慎司(大学3年時)である。上下動がなく、片足が地面に接地している短い時間にあっという間に重心が前方に移動した。
 朝原が大学1年時にアメリカに一緒に遠征したが、そのころの朝原もまだ青戸の域には達していなかった。
 伊藤や末続はスタジアムから見ているだけで、同じ視線(走っているところと同じ水平面)で見てはいないので青戸との比較はできない。
 大野功二がソウルで開催された世界ジュニアの大会前の練習中に見せたコーナー抜けも速かった。この時の大野は、ジュニア時代の青戸、朝原より速かったと思う。
 最近の齋藤仁志も速い。近くにいると確かに風が通過するような感じだ。まもなく、私の眼は齋藤を通して日本最速の体験をすることは間違いないと思っている。
 
 ただし、科学的データではなく私の視感であるから納得させるには根拠がない。素人のたわごと、馬鹿の独り言、と思っていただければそれでよい。

 少し時代を遡る。自ら、現役選手として速さを求めた大学時代のことである。
 アメリカの陸上競技専門誌を購読していた品田吉博と私は、その中に超一流のスプリンターが映されている当時としてはすぐれものの8mmフィルムが販売されていることを知り、すぐに注文した。
 数ヶ月後、新宿・紀伊國屋から連絡があり、二人はいそいそと出かけ購入した。いくらくらいしたのだろうか思い出せないし、どちらが金を出したのかも覚えていない。
 一目散に合宿所に戻り急いで観た。感動した、と言っても半分以上は自分たちのやっていることに自己陶酔していたようだ。
 熱でフィルムをこがさないように(コマ送りで時間をかけるとフィルムが燃えてしまう)注意しながら、毎晩二人で目を皿のようにし、まさしく感性の塊と化して観た。感じた。
 そこにはJ.オーエンス、A.ハリー、E.フィゲロラ、H.ジェローム、R.ヘイズ、C.グリーン、J.ハインズ、T.スミス、V.ボロゾフなど、年代ごとに世界を圧巻した選手が映っていた。ボロゾフが白色人種ながらミュンヘンオリンピック(1972)でスプリント二冠を獲得した直後のことであるから、おおよそ40年も前の話である。そのフィルムはJUVYのクラブハウスに現存する。 ただし8mmのプロジェクターがない。DVDなどに落とす方法があったら教えてほしい。
 今の選手には古すぎて知らない選手ばかりであろう。
 しかし、私は違う。
 多くのスプリンターが理想のスプリンターのラインとなって私の脳に刷り込まれていることは間違いなく、そのライン上に今指導している選手も乗っているからである。
 
 そのころ品田と私で出した結論は「史上最速スプリンター=B.ヘイズ(東京五輪優勝者)」説であった。何しろアンツーカーのトラックながら9秒台で走っていたのだ。
 今でも時々映像を通してヘイズの速さは確認することにしている。映像とは市川混監督の「東京オリンピック」であるが、何度見ても速い。映画の中で新聞記者として来日していたオーエンスが首を振りながら笑みを浮かべるシーンが現れるが、この時のヘイズを観た人物すべての気持ちを代弁しているかのようだ。
 
 オールウェザートラックでの史上初のオリンピック(1968)は高地メキシコシティで行われた。その年全米選手権(オリンピックトライアル)では9秒9が連発されJ.ハインズ(100m9秒台)やスミス(200m19秒台)らは人類の壁を破った。
 それでもヘイズの速さには及ばなかったのではないか。
 
 実際にこの目で観た世界最速に近いスプリンターがいる。
 最初の観戦は東京ユニバーシアード(1967)であった。
 100mでスミスがコーヌ(アイボリーコースト、現在のコートジボワール)に100mで負けた試合である。当時、後半のスピードを売り物にしていたT.スミスであったが、さほどでもなかった。もっともコーヌは東京オリンピック100mで決勝に残っているのであるから200m専門の選手には勝って当然だったのかもしれない。
 外国人が招待されて走ったレースは何度も観ているが、ここではそのようなレースは省略し、ソウルオリンピック(1988)に飛んでみたい。
 その時のB.ジョンソンは速かった。決勝のレースは40m付近の前列で観たが、ゴム毬がすっ飛んで行った。となりの席の篠原と顔を見合せて笑ってしまったのを忘れられない。
 しかしこのレースは論外だ。薬物の力を借りてのものであったのだから。(ヘイズにも疑惑は付いて回ったが…。)ただし、この時のルイスは速いとは思わなかった。負けたからだろうか。
 東京世界選手権(1991)のC.ルイス、L.バレルも速かった。ルイスに焦点を絞り、他の選手を無視して観ることができたのは一次予選だけである。座席は90m付近の最前列。しかもルイスは外側。この時、隣にいたのが大野功二。「先生、飛んでいますね」と言った後は絶句した。私は接地中の固定された足首が強烈な重心移動を引き起こし、その重心移動が勢いあまって空中に飛び出していく、と感じた。
 予選で10秒かかっているとは言え、速かった。すごかった。ソウルの決勝の時より速く感じた。私の優勝予想もこの時点でルイスと宣言している。
 東京世界選手権の前年、佐野の競技場開きにブラジルのロブソン・ダ・シルバを呼んだ。大野とともに寝るときと風呂、トイレ以外は3日間一緒だったが、体の中の強い部分やそこを強く使って走る方法は十分に学ばせてもらった。「来年の世界選手権でルイスに勝てることを祈るよ」と言って成田で別れたが、彼が一年でルイス以上に速くそして強くなるとも思えなかった。
 そのことは東京世界選手権のサブトラックでロブソンを観た時に的中した。ルイスの関節飛び走法に比べ、ロブソンの筋肉飛び走法の差を強く感じた。ロブソンの走法はひと冬で変化はしていなかった。素質のなせる技なのかトレーニングの違いか?それは私の口から言えるようなものではない。あまりにも神の領域の話になってしまう。
 
 そんなルイスがヘイズと一緒に走ったら?と質問されれば、私は躊躇なく「同じ時代に生まれ一緒に走ったらルイスはヘイズに逃げられてしまう!」と言うだろう。
 
 それほどまでにヘイズ最速説を唱えていた私が、齋藤仁志が走れなかった北京オリンピックのボルトを映像で見た途端、ヘイズ史上最速説は消し飛んだ。
 ボルトは速い。そして強い。
 
 「速い」とはスピード。これを科学的に分析することは簡単であり、その分析結果を出されれば誰もが認めざるを得ない。ただし、スピードとは瞬間最大速度か?一定距離のスピードの維持か?ということになると、見ている者にとっては後者を速いと感じるはずだ。ルイスなどはこの典型であったろう。
 
 それでは「強い」とはどういうことであろうか。
 一般的に強さとは、意志が強い、後半が強い、筋力が強い、などで表現される。
 また、競技結果で強さを判断することも簡単だ。格闘技などと同様、対戦した選手との力関係で、いくらでも強く見えることは日常茶飯事である。相手の力量をわからずに観ていた者にとっては簡単にごまかされる。
 
 しかし、私の言う強さとはやや違う。
 私の言うところの強さとは何事にも負けない「人としての強さ」である。
 強くなければ勝負には勝てない。勝つためにはどのような条件下でも力を発揮できる、人間の総合力としての強さが必要なのである。
 
 オーエンスは速かった、と聞いている。ルイスも速かった。しかし、ヘイズは強いと称されたし、自分もそう思う。
 そうすると、私の中で速くて強かったのはヘイズとボルトということになるのか?
 
 試合では予選とか準決勝で「速い」と思わず独り言が出るような選手が必ずいる。だからと言ってその選手が決勝で勝つとは限らない。強い者が勝つのではなく、勝った者が強かったのだ、とはよく言われる言葉である。
 しかし、前述のとおり、強さとは「人として強さ」と言うことなのだ。この「人として強い選手を神が認め、神に使っていただいた時」に結果的に勝利するのではないかと思う。
 
 怪我や病気をしない選手はいないし、不調にあえぎスランプに陥ったことなど一度もない、と豪語できる選手もいないはずである。試合前はナーバスになる。プレッシャーもかかる。強烈なストレスが全身を覆う。
 しかし、強い選手とは、そうなった時にそのようなことを克服できる力を持っている選手を言うのである。そのような選手は、陸上競技のトレーニングや競技体験だけで力をつけてきたわけではなく、人生の荒波の中でそのような力を身につけてきた選手ではないか、と思う。
 そのような選手の仲間の一人に加わりそうな雰囲気を齋藤が発し始めていると感じたのは、セイコー・ゴールデングランプリのサブトラックでの会話の時であった。彼は明らかに強い選手への道を歩み始めた。
 
 現実の話をしよう。
 まもなく日本選手権である。
 
 男子200mは世界選手権A標準を破っている選手が4名、B標準は2名の選手が突破している。それらの選手に加え実績1の高平、昨年度優勝者の藤光が出場するであろうことから、まさに日本の200mレース史上最高レベルで決戦を迎えることになることは間違いない。まさに強さ比べである。
 男子100mは標準記録突破者ゼロで日本選手権が始まりそうである。
 こちらは標準記録を突破して、かつ決勝で勝たねばならないということから天運付勝負でもある。当然リレーメンバーも含め虚々実々の戦いが展開されるであろう。
 
 本当に強いスプリンターは誰か。
 それぞれの人生を回顧しながら、己の持つ強さ比べをしてほしい。
 やわな人間で勝てるはずがない。
 
 固唾を飲んで見守る熊谷の三日間。
 神が熊谷の競技場をのぞき見にくる時刻のカウントダウンが始まった。
 神は日本代表として誰を使おうとしているのであろうか。
 いよいよ神の領域の入口にまで近づくことを許される“速くて強いスプリンター”が決定する。


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