康駿視点    第5回(2011.9.8.) ーインターハイそして世界選手権終了ー      

 
 【プロローグ】
 インターハイから帰って、何気なく新聞記事のスクラップを見ていたら、1998年(平成10年)8月19日付、読売新聞朝刊の「論点」に目がとまった。
 題名は「実技が育てる科学者の心」、これを書いた方は「小泉英明」という当時日立製作所中央研究所主管研究員で脳科学者、環境科学者である。そこには興味あることが書かれてあった。


 最初に目についたのは「元来、科学や技術は中立的で、使う人の考え方次第で、善用も悪用もできる。それはひとえに、人間性にゆだねられているのだ。科学や技術が両刃の剣となることに強く警鐘を鳴らしたのはキュリー夫人であった。」という部分である。


 キュリー夫人と言えば、放射能研究でノーベル物理学賞を、ラジウムなどの発見でノーベル化学賞を受賞された方であるが、同時に教育についても独自の考え方を持たれていた。そのことは、大学の同僚と共に、語学・芸術・実験・体育など、特に実技を中心とした共同運営のユニークな学習塾を創り、教育し、愛娘もここに通わせたことでもわかる。
  
 小泉は「夫人は計算や読み書きの類の訓練は必要であるが、積極的に行動する心や人を思いやる心は、自ら身体を動かして自然に触れることやスポーツ・芸術によって育まれると信じていた」とキュリー夫人を紹介している。
 さらには、「専門領域偏重のあまり受験制度にも大きな歪が生じ、若い時にこそ訓練が必要な芸術・体育・実験などの実技科目が片隅に追いやられている。効率重視の専門科目偏重で大量生産される人材は、極言すれば、温かい人間性の欠如したロボットになりかねない。科学の善用と悪用の価値基準を持たない、危険な存在となる可能性すらある」と警鐘をならしている。
 そうして、「科学者や技術者にこそ、人間性の基本教育が優先されるべきである。明日へ向けたやる気や豊な心を育むのも、キュリー夫人が指摘した芸術やスポーツである」と結ぶのである。


 私は、13年前の記事を読んで、現在の日本がそっくり当てはまることに驚いた。
 もちろん原発問題にからみ、我々は多くの著名人(政治家や原子力の専門家と言われる人々)が真実を隠し、矛盾をはらんだことばかり話してきたことなどを知っているからなおさらである。

 このことをもう少し現実的なものとして考えてみる。
 学校では教科はもちろんのこと道徳的なことまでを教えなければならない。このことは、生理学的にも脳の発育・発達に良いと言われている。それは、見る、想像する、身体を動かすだけでなく、社会の一員としてのあるべき姿などを鮮明にしようと脳に多くの刺激を伝えるからである。当然、脳は多くの情報を得る。それが何らかの形で脳内に蓄積される。必要に応じて適切な判断をする際の根源になる。すなわち「多くのことを学ぶことこそが脳の発達にとって有効であり、偏った価値観での偏った刺激ではいけない」ということを私達は学ばなければならないのである。そこからさらに、「知・徳・体はバランスよく、という考え方ではなく、知・徳・体は同じ器の中で混ぜ合わせ一つの味になるよう教えなければならない」ということが浮かび上がるのである。
 このことは先月の旧制中学論でも触れた。



 【インターハイ】
 今年の全国高校総体「北東北総体」の開会式の後に大きな体育館をいっぱいに使って行われた北東北の高校生1200人が参加した数多くのプログラムには感動した。彼らのエネルギーは強烈であった。聞くところによると高校生自ら企画・運営もしたそうで、被災地の高校生も多数参加していた。
 私は、この時期に、この地域で、このエネルギーを出すということに対し驚き以外に何も浮かばなかった。彼らが見せてくれた、きわめて体育的でありながら文化的な意味合いを濃く出していたそれぞれのプログラムを創った発想はどのようにして育まれてきたのであろうか。
 
 もともと、東北地方の文化はすごいものがあったはずなのに、関東の人間はそのすごさを感じることもなく育ってきた(少なくとも私は)ようである。昔から、東北地方の文化レベルが高かったことは「三内丸山遺跡」や「平泉」などを訪れればすぐに感じることであるが、私はそのような文化を育んで来た東北の人々に対し尊敬の念を持って理解しなければならない教育を受けてこなかった(と記憶している)。東北地方の文化は祭りや食を体験すればわかる。彼らは、頑固なばかりに祭りや食を文化として継承してきているからだ。
 文化を受け継ぐには「感性」そして「行動」が必要である。その結果と言っては何だが、目に見えぬ「正のエネルギー」が生ずるのではないか。それが東北には脈々と残っている。
 政治的中心地としての中央というところは、常に自分たちを中心として権力維持にエネルギーを注ぎ、江戸に幕府がおかれてから(今では東京であるが)そこを中心にリング状に都市が形成され発達してきた。教育もその一環として徹底されるからか、関東の人間は誤った眼で東北を見てきたのではないか。たとえば、私は幼いころ岩手県を「日本のチベット」などと教師から聞いたことがあるが、今考えればこれほどひどい話(岩手にもチベットにも)は見当たらない。そのような発想をした者も、教材にした者も、いくら謝っても謝りきれないのではないか。近年、岩手の方々とお付き合いさせていただき、岩手県内を歩くと、どうしようもないような感情が澱となって臓の下に沈澱してしまう。
 そのような気持ちを引きずりながら、インターハイ開会式前日、私は独り弘前を訪れた。その街を歩きながら、司馬遼太郎 が「北のまほろば」と北東北(主に陸奥であるが)を表現した意味をあらためて確認し、ホッとすることができた。私は現役時代に初出場した国体が岩手県(200m)であり、最後の国体が青森県(200m)であったこともあり、そのような思いをより強くさせたのかもしれない。
 
 話を開会式後に戻す。
 開会式後、フロアーで高校生と話し、握手をし、北東北の高校生のエネルギーを感じ、あらためて東北の文化と人々の強さを知った。おそらく、フロアーで会った東北の若者はキュリー夫人の言うところの実技系を文化としてとらえながらしっかりやってきたのであろう。
 もちろん、彼らにしても当初はやらざるを得なかった、と言った方が現実的かもしれない。しかし大震災によるマスゲーム練習の中断は、結果的に団結力を植え付けるとともに、強さ、優しさ、明るさ、元気よさ、などの思いを各自の懐で膨らませ、人としての総合力を ―彼らの受け継ぐ遺伝子も彼らの行動力に刺激を与えながら― 高めたのではないかと推察した。
 「目標に向かって行動する、特に、自ら考え体を動かしながら試すことによって、目標に向かう過程で人間の強さが培われる」ということを再確認できたところで、私のインターハイは幕を閉じた。
 


 【IAAF世界選手権】
 世界選手権を見ている時は嫌なことも忘れる。これは浮遊的感覚(浮世離れ)としか言いようがない。代表選手から「勇気をもらっている」というような感覚とは全く違う。私はテレビを通して、その瞬間その瞬間を楽しみ、感動しているだけである。ただし「元気のモト」は十分にもらっているのかもしれない。
 
 そのこととは別に、世界選手権に出場した齋藤仁志に関わる者の一人として、私的な感情が湧くのは当然だ。
 彼は29日に出発した。出発直前に3点ほど私の思いをメールで伝えた。それを見たであろう齋藤から出発直前に成田から電話をもらったが、生憎始業式と重なり、話すことはできなかった。しかし、現地から何度か電話があり、現況を話しているうち、単なる傍観者とは違うことの自覚は大いに高まった。その感想を書く。
 
 代表が決定した7月11日からリレー競技終了までの齋藤仁志から、私は関係者の一人として「誇り」をもらった。
 特に200mで準決勝進出が決まった時に「日の丸の重み」という言葉を彼が発した時、関係者としての誇りは最高潮に達した。なぜならば、日本代表になったことのない指導者が、日本代表選手の気持ちを何とか理解しようと努め、いつの日か関係者がそのような言葉を発してくれないかと願い、その願いがかなった瞬間だったからである。
 
 リレー競技終了後から24時間の間で私は彼から「勇気」も貰った。これは9月7日現在まだ続いている。
 日本に帰った齋藤はすぐに電話をくれたが、その際に彼の口から「再興したい、しなければならない」という趣旨の発言を聞いたからだ。来年のロンドンに向かって、私のような凡人が一生かけて体験するようなことを、彼は一年に凝縮し、一所懸命に生きていく覚悟を決めている。まさしく「這い上がりの論理」であり、そのことは東北の方々から学びとることに似ている。
 凡なる生活を繰り返せば人間は退行する。そのような人間からは勇気をもらえるはずがない。まさしくJUVYが掲げた「ここから、これから朋共再興」の実践者として、彼自身が「自分がやれることを模索し始めた」ことに、私は勇気をもらった。この後、齋藤と今後について話し合い、新たな目標に向かって動き始めた時、私の世界選手権テグ大会は終了する。
 


【エピローグ】
 一年間でやらなければならないことを見つけ、実践していくことは競技者なら誰も同じはずです。インターハイとオリンピックとではレベルは全く違います。それでも目標に向う心構え、すなわち生き様は同じでなければならないはずです。
 そこで、凝縮された質の高い1年間を送るためにお願いしたいことを書いて今月の結びとします。
 
 スポーツマンなら、「生き様の偏食」をしないでほしい!
 スポーツマンなら身体能力を高めると同時に、知を高め、徳を積み、魅力いっぱいの人間になってほしい!
 逆の見方からすると、スポーツや芸術に価値を見いだせない人間は、生き様の偏食をしているのではないでしょうか。実は「生き様の偏食論」は「文武不岐思想」の対をなしているといっても過言ではないのです。
 明日を夢見る競技者諸君!真のスポーツマン精神を身につけるため「生き様の偏食」を嫌うことから始めようではありませんか。
 そうすることによってキュリー夫人の考え方も理解できることでしょう。
 
 
  御礼
  世界界選手権期間中、手前勝手なメール発信に対し多くの激励、ご意見を頂きました。
   人によっては「無責任な発信はできない」と気を使われ、大会終了後に返信をいただいた
  方もおりました。
   その中でも、若者の返信を拝見させていただきますと、その感性は高く、感動溢れる内容
  が数多くありました。彼らを生かすも殺すも、私のような齢を重ねた、若者の感性を受容で
  きない者の責任ではないかと強く感じることができたということも、私にとっては大変な収
  穫でした。
  この場をお借りし、齋藤には激励メールを転送しておりませんが、本人ともども、私宛に
  激励、お祝、感想の返信いただいた述べ157人の方々に御礼申し上げます。  
   ありがとうございました。

 
 
 
 【以下参考までに】 
 「オリンピックを思いっきり楽しんできたい」というようなセリフ、今は当たり前のように聞くが、古い人間にとっては、ちょっと違うのではないか、と思う。
 そのアスリートがオリンピックに出場するために、どれだけの数の裏方の人間が携わり、支え、協力し、どれだけ多くのものを犠牲にしてきたか、それらのことを本当にわかった上で言っているのかな、と思う。
 もちろん、何より選手の不断の努力と才能と犠牲があった上での出場であるが、それだけでできるものではない。大切なのは人の繋がりという「輪」だ。自分はその輪の中の一人だという自覚がそのようなことを言うアスリートは本当に持っているのであろうか。
 かといって、何も日本国民全員の期待を背負って、国民のために闘えということではない。メダルが取れなかったから謝罪会見をしろ、などといったことも言う気はない。しかし、この先もこのような感覚で行ったら、失くしてはいけない大切なものまで失いそうだ。
 失くしてはいけない大切なもの、それを強いて言うなら「個人が集団の輪の中で果たさなければならない使命感」というものではないか。
 例えば、政治家も、実業家も、サラーリーマンも、医者や教師も、農家や漁師も、それぞれが果たさなければならない使命があって、それぞれが果たされることにより、この世の中はうまく回って成立しているわけである。
 それなのに、誰もが利己的な個人主義に走って、それぞれの使命を放棄し始めたら、この国はどうなるのだろうか。悲観論かもしれないが、不況や震災の影響で就職できない若者が都会には大勢いるのに、地方の農家や酪農では、どこも人手不足という現象を見ると、そのようなことは始まっているような気がしてならない。
 輪の中にいたはずのアスリートが、自分の人生、つまり金や名誉、そして己の将来を優先させて、目の前の試合を利己的に割り切ったり、国や郷土、果てはチームよりも己の勝利を優先させることは絶対にまずいことで、そうなっていくスポーツ界の未来に対し、大いに危惧するものである

 (篠原高志著「木更津甲子園予備校」より一部抜粋、原文の意味を忠実に守りながらまとめさせていただきました。)
  

 
  ・「康駿視点」バックナンバー 
     第1回ー人間関係ー(H23.05.08)
     第2回ー速さと強さー(H23.06.08)
     第3回ー岡島宣八先生逝くー(H23.07.08)
     第4回ーインターハイ序破急ー(H23.08.08)

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