康駿視点    第6回(2011.10.8.) ー 氣づき ー      


【北上発、広島経由、山口行】


 9月30日に北上に行った。翌1日の昼には北上を出発し、かろうじて夕飯前に広島に到着するという強行軍であった。しかし、前からやりたかった、日本列島縦断がほぼ実現できた。今回は北上〜広島間であったが、それほど苦もなく青森〜下関はできるな、と実感した。
 今年の国体は山口開催である。翌2日は早朝広島を立ち山口に向かった。本校から国体に出場している弓道部員の激励である。
 新山口で新幹線を降り、山口線に乗り換える。幕末の志士が数多く誕生した長州藩(周防山口藩)ということもあり、車窓から何か見えないかな、と目を凝らしていたが、目に入る景色はと言えば、随分と田舎だな、ということだけだ。先月の康駿視点の内容に重なる部分がある。
 15分ほどで大歳駅に着いたが、案の定駅員はいない。車掌もキップを受け取って確認するようなこともしない。のどかなものである。左を見れば、メイン競技場が見えるというのに、この静けさは何だ。とても国体の開会式が行われたような町とは思えない。
 駅舎には駅員の代わりにボランティアらしき国体関係者が4人いた。お茶をいただき、国体よもやま話などをし、駅舎を出て歩きはじめたが、会場に向かう、と思われる人は見当たらない。歩くこと15分、9時ちょうどに山口県弓道場に到着した。周辺の施設ではまだ工事をしているところもあった。雑草もいっぱい生えている。高校二年のメキシコ五輪時に知ったアスタマニュアーナか、と思った。  


 取り付け道路から弓道場に向かおうとすると警察官やら警備員があっという間に私を取り囲む。  「IDのない人は入れません」と警察官。
 「それはないでしょう。栃木から応援に来たのですよ。このまま応援せずに帰れませんよ」と私。
 「11時になれば入れます。11時までは天皇が臨席されておりますので」と言われ、妙に納得した。
 「ここは長州であるぞ!」なーんちゃってネ。
 
 おいおい2時間も何していたらいいの。吉永は午前中北九州に遠征しているというし。会場に入れないなら仕方がないか。それでは、せっかくだから隣接のメインスタジアムやサブトラックをのぞいておこう、ついでに維新百年公園とやらをひとまわりしてみるか、などと考えながら歩きはじめると、どこかで見た顔が交差点の向こう側で私を凝視している。岐阜県教育委員会のHさんである。そうして何カ月ぶりかの面会をし、品田、齋藤たちに関する情報交換をし、来年の国体情報を伺い、公園内をブラッと歩き、開催中のラグビーなどを眺めていたら、あっという間に10時45分になっていた。
 ラグビー場から弓道場に向かって歩きながら、確かに国体は始まっている、と感じたのは、すぐ近くで天覧試合が行われているということと、(いつもの国体より地元の店が多いような気がする)公園内に設置されている売店を見たからであった。いつのまに集まってきたのか、公園内の人の多さにも驚いた。駅周辺で感じたのとは全く違う、雑踏ともいえる疑似街が公園内には形成されていた。
 
 いつもの月の原稿は原則7日〆である。しかし、今月について言えば、7日は陸上競技第一日目で内容について書くことは困難だ。したがって、残念ながら国体陸上競技には触れられない。地元開催で期待をかけられている吉永や400mで全国的大会初体験の齋藤、怪我からの復帰第一戦となる品田はもとより、その品田より先に追い風参考ながら8mを超えた新村のこと、中京の若武者毛利、籾木、そして黒澤尻北の高須など、JUVYでともに練習した事のある選手についても書きたかったが、時間的に全くゆとりがなさそうなので、今月は国体観戦記はなしである。
 


【弓道競技の精神性】


 弓道という競技は、射場に入り矢を射てから射場をでるまでの間、その作法にきっちりとした約束事がある。弓道は集中力の勝負と言って間違いないと思うが、その集中の仕方は陸上競技とは全く違う。陸上競技は召集所から競技が終了するまで自由に動いたり、話したり、瞑想したりして集中の高め方は各自自由であるが、弓道はそうはいかない。あくまでも決められた動作の中で各自集中力を高めなければならないのである。当然、競技中にアドバイスなどできない。控室を出れば選手同士も一切口をきけない。そのような中で、弓道選手は各自の心身の状況に自ら気づき、対応を考えなければならない。非常に精神性が高く、かつ主体性を求められる厳しい競技であると言える。
 我が校から国体に出場した選手は女子部員2名であるが、学校での清掃分担場所が校長室だったこともあり、普段からいろいろな会話をしていた。彼女たちは多くの場面で的確な対応がとれる生徒である。そのことが、競技の特性によるものか、人間性によるものか、顧問に聞くと「人間性ですよ。しかもたまたま…なんですね」と答えるが、これは謙遜か。私には、彼は意識的に生徒に「氣づかせる」方法をとっているに違いない、と思えてならないのである。試合中にアドバイスできないからこそ、普段からしっかりと「自ら気付くことができなければ勝負にならない」という考え方を徹底していると読んでいる。今大会は関東8都県中3県が通過できる条件下、かろうじて3位で通過することができたチームである。しかし、近的5位、遠的7位という素晴らしい結果を残した。
 今回の結果は、指導者が精神性を高めてきた結果でもある、と言っても過言ではないはずだ。
 
 

【氣づけない人】
 
 さて、このような良い話ばかりではないのが世の常である。
 近ごろいろいろなことに氣づかない若者が多くなっている、と思えてならない。
 
 少し前、山手線車内での話である。
 私は荷物を網棚に乗せ、手すりにつかまり景色を眺めていた。すると目の前の優先席にどっかりと腰をおろしていたお嬢さんが化粧を始めた。しばらくすると、お年寄りのご夫婦らしき人が乗ってきたが、お嬢さんは席を譲らない。お嬢さんの隣にいた年配の男性が立ちあがり席を譲ったが、お嬢さんは化粧を続けている。お年寄りの男性は、年配の男性が譲った席に連れ合いの女性を座らせたが、自分は立ったままである。幸い、そのことに気づいた通路を挟んだ前の席、私からすると後方の席の年配の女性が席を譲ってくれたので、別々ではあるが2人とも座ることができた。
 その場面で、優先席に座っていたお嬢さんに対し「こいつは何者?」と違和感を覚えたのは私だけではなかったと思う。この場面、(おそらく)お嬢さんの眼には、周りの動きは映っているわけであるから、視覚の範囲内では氣づいているということになる。しかし、氣づいた先にどのような行動をとらなければならないかということには残念ながら氣がついてはいないのである。
 自分がしていることに氣づかずにいる。「いや、氣づいています」と言っても、直せないのならそれは氣がついていないことなのである。
 
 年齢相応の常識はあるはずだが、そのことに氣がついてほしいから、先輩や先生は(口うるさく思われようが)指導を繰り返しているということに、指導される側は氣がつかなければならないのだ。
 もっとも、「そのようなことはなおらない」と断言する人もいる。例えば、吉本隆明の「真贋」を読むと、そのようなことに対する示唆が書かれているが、ここではそのことは肯定も否定もせずに通り過ぎる。ただ、そのような事実を見て思うこととして、「教育という作用は社会の体制を平安に維持し次世代に継承する、という意味で根底に保守性を内包している。(北岡和義)」という言葉の、この「平安の維持」のみを考え、「その場の平安」に終始してしまい、結果、「根柢の保守性」を忘れてしまう。つまり「不易流行」などといった芭蕉の言葉などどこかに吹き飛んでしまう、なさけない教育者(自分もその一人である)がさらけ出されることが日常頻繁に起こっていることを考えれば、やはり氣づけない人は多いと言わざるをえない。
 


【ある氣づき】
 
 そのようなことはさておき、スポーツ指導者の重要な役割の一つに、「選手に気づかせる」ことがある。しかし、これがとてつもなく難しい。互いの感性が合わなければ、伝わらない。仮に伝わったとしても、それが鮮明にイメージ化されなければ選手はどうしたらよいかわからない。
 気づかせると一概に言っても、生き方から始まり、試合中の修正まで様々である。
 また、気づかせ方にも「ティ―チィング」的なものが有効か「コーチング」的なものがよいか、「ヒント」程度でよいものか、指導者はその決断が悩ましい。
 
 その点、実に、伝え方、気づかせ方の上手な人がいる。
 
 以下は10月1日、北上で体験したことである。
 その日は朝から風が強く、ある高校のテントが飛ばされそうになっていた。そのテントには誰もいない。すると、そのテントの隣のテントにいた別の高校の女子部員がそのことに氣づき、そのテントの紐に全員が飛び付き、テントが飛ばされるのを必死になって防ぎはじめたではないか。そのうち、それぞれ紐を持ちながら誰からともなく「こうしよう」「ああしよう」と策を出しはじめた。聞いていると、誰の策も、飛ばされそうになっている原因は何か、その原因を解消すれば解決できる、という発想である。そうして、いくつかの策を実行しはじめたが、どうも決定的な解決策に行きあたらない。テントは大きく揺れ、飛ばされる寸前だ。
 私も手伝おうとしたが、「先生は手伝わなくとも大丈夫です」と、明るく、ごく自然に、自分たちがやるのが当然、といった雰囲気でやっていることに驚いた。彼女たちの振る舞いには、他人が困っているからとか、このテントが倒れると自分たちのテントが巻き添えをくう、などといった下心なものは全く感じられなかったのである。
 しばらくすると、吹き飛ばされそうなテントの学校の監督が走ってきた。どうやら、本部席にいた彼の目にも、尋常ならざる状況が映ったのであろう。
 さすがに、大人は違う。てきぱきと指示をし、いったんテントを下げてしまう、という策を採用した。そうして今度は風に負けない張り方でテントを立て直したのである。
 立て直した後、彼(A)はまず女子部員に丁寧にお礼を言った。その後、私に向って、
 「さすがに(B)は違う。うちの生徒にこのようなことはできません。人としての総合力が叩き込まれている。それは学校そのものも違うのかも知れませんが、(C)の指導力なのです。」と言った。
 「いやー、うちの生徒もできないと思う。やれと言われなければね」と私も返した。
 
 青戸慎司は高校時代に監督の松本一廣から言われ続けられたことがあり、それが今でも実践していることの一つだと言う。その言葉こそ「氣を使え!」ということだそうだ。
 
 テントをおさえている女子部員の中に、間もなくアップに行かなければならない選手もいた。
 しかし、その選手はテントを張り終えると、何事もなかったような顔をしてサブトラックに向かった。そうして、その選手は強風下の悪条件をものともせず、監督のアドバイス通り走り、その種目(400nH)3回目のレースとなる東北新人で大幅に自己新を更新し、決勝に進出したのである。
 
 クイズ「(A)(B)(C)それぞれに考えられる人名や校名を入れなさい」
 

 何とも爽やかな、何とも気分のよくなる場面に出くわしたものだ。
 だから私は運が良い。
 何か良いことがあるぞ、と思いながら出かけた山口では本校弓道部員の立派な立ち振る舞いを見ることができた。
 やはり私は運がよい。
 

 
【氣づきと未来】
 
 7日からの国体では、
 「ああ、この選手と先生は、日ごろから小さなことに気づき、気づかされながら、直すべきことを面倒くさがらずに直してきたのだろうな」という師弟関係に出会いたいと考えている。
 もし、そのような場面に出会えたら、心の底から ―たとえ面識のない先生や選手であっても― その師弟を祝福したいと思う。
 

 「氣づき」 ―― そのことはスポーツの世界に限らず、人生において極めて大切なことである。
 氣づきを知り、感性を磨く。感性を磨き、才能を引き出す。才能を引き出し、世の宝となる。
 そのためにも、小さなことに氣づき、直すべきものを感じたらすぐに実行し、小さな氣づきの積み重ねを大切に過ごさなければならない。


 自分はこのままでよいのか、ということに氣づくような選手が明日の日本の競技力を高めるはずです。そして、そのような選手は必ずいるはずです。
 皆さんがそのような感性を持つ選手と出会い、素晴らしい師弟関係が生まれ、スポーツを通して日本のリーダーが誕生することを祈っています。
 

 

 クイズの答え
(A)小池徳之先生(宮古工業高校陸上競技部監督)
(B)黒澤尻北高校(ただし、小池先生は「黒北の部員」と表現していました)
(C)千田俊一先生(黒澤尻北高校陸上競技部監督)

 


 
  ・「康駿視点」バックナンバー 
     第1回ー人間関係ー(H23.05.08)
     第2回ー速さと強さー(H23.06.08)
     第3回ー岡島宣八先生逝くー(H23.07.08)
     第4回ーインターハイ序破急ー(H23.08.08)
     第5回ーインターハイそして世界選手権終了ー(H23.09.08)


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