康駿視点    第7回(2011.11.8.) ー 姿勢 ー      

 
 「姿勢」について書いてみたい。
 山口国体のサブトラックでテグ世界選手権代表の某スプリンターの姿勢を見てショックを受けた。猫背というだけでなく、首を極端に前に突き出した姿勢で歩いていた。日本代表でもこのような姿勢をしているのか、という思いが、今回のテーマを書くきっかけとなった。




【姿形としての姿勢】
 
 「姿勢」というと、まず浮かぶのが「体のかまえ」「体のさま」「体つき」などであろうか。
 本校より国体栃木県代表で弓道競技に二名の女子生徒が参加したことは前号で触れた。以前から感じていたことであるが、弓道の選手が射場に入り、矢を射てから退場するまでの姿勢は一種芸術的でさえある。
 短距離選手でスタート前にネコ背になっている選手はあまり見かけないが、弓道競技はそれほど立ち振る舞いがきれいなのだ。
 
 私は下手の横好きでゴルフをよくやるが、ナイスショットの基本は構えに凝縮されている、と思っている。と言いながら、これがなかなかうまくできない。緊張した場面や疲れがたまってくると前かがみになっていることが多い。構えに関する集中力がなくなると、知らず知らずに骨盤を開いて構えるようになる。するとボールの位置は徐々に右に来る。ミスショットを誘発する原因の一つに背骨が骨盤の中心にしっかりと乗っていないことがある。そうなると肩、骨盤、膝、踝の線を平行にして立てない。本当に悩みは多いが、これらの原因は、筋肉の強さ、柔らかさ、器用さなどにおいて左右のバランスが乱れていることによるものであろう。そのことが、うまく立てないという現象を引き起こしているのではないだろうか。
 違和感はあっても修正の仕方がわからない。そのままバックスイングに入る。気持ちはナイスショットなのだが、現実は…。
 青木功などは肩、骨盤、膝、踵のラインを故意にずらすことにより、7色(無数)のボールを状況に応じて打ち分けたと言うが、よくぞ筋系、神経系のコントロールができたものだ、と驚くしかない。「世界の青木」といわれる所以がわかるような気がする。


 ゴルフ上達、というよりハンディ維持のためにやっていた夕食後のドリル(夕食後20〜30分の簡単な補強運動)のやり方に変化が起きている。ある日、背骨を動かさず左右の広背筋を別の方向にストレッチさせてみたら、全く違う感覚が生まれた。それならば、と思い、負荷をかけられるようベンチと鉄棒と吊輪(といってもおもちゃのようなものである)がセットになった器具を購入し、部屋の隅に置いた。ダンベルやプレートも準備した。
 私の実践している方法から簡単なものを一つだけ紹介する。
 その方法とは「背骨を軸に右の背筋に負荷をかける(ストレッチする)ときに、左の背筋が右の背筋の動きにつられないようにする、つまり背骨を固定し、左右の背筋が別々の動きをするように意識を集中させる」という単純なことである。
 このやり方で運動すると、体が実に楽になる。効果はそれだけではない。このやり方に着目し、実践し始めてから、いろいろな場面で姿勢を意識するようになり、自分の姿勢を見直すという付加価値が加わった。
 
 このようなやり方を発展させ、競技力向上のため是非とも現役の選手とともに研究してみたいものだ。
 「全身の筋肉を意識的にコントロールしながら、ある目的に向かって全ての筋肉を動員させることができれば、スポーツ能力は飛躍的に向上する」という仮説は的を射ているものと思っている。
 例えば、これまで私は「スプリントの専門的練習にアームカールというトレーニングはさほど必要ではない」という考えをしていた。(基礎的体力、全面的体力の増強には必要)  
 しかし、最近では「全身を使って走るスプリントを目指すためには必要かもしれない」という考え方が生じてきている。不必要な筋肉はつけたくないといった観点で考えれば必要ないのであろうが、「全身の筋肉を動員させて走らなければならないスプリンターにとって全身の神経系を発達させることは必要不可欠であり、そのためにはいろいろなトレーニングを行うことにより、寝ている神経を目覚めさせる必要がある」との考えが支配し始めているのである。問題はやり方、イメージの持ち方であるが、まだ公表できるレベルには達していない。
 
 私は馬を見るのが好きだ。なぜならば、「立姿はもちろん、歩いても美しく、走る姿はさらに美しい」という、ただそれだけの理由である。「立てばシャクヤク、座ればボタン、歩く姿はユリの花」という美の形容があるが…、どうでもよいか。
 大学3年生の時(1972年)ミュンヘンでオリンピックが開催されたが、その時の記録映画の題名は「時よとまれ!君は美しい」であった。なぜか東京競馬場の大欅(注:“おおけやき”と読む。第4コーナー内側にある木)を抜けて、直線に向かう時の競走馬を見ていると、その言葉を思い出す。
 過日、某を連れ出し東京競馬場に出向いた。彼は「ウワーすげー!」と叫んだが、馬の速さに感嘆したのか、美しさに感嘆したのかを私には知る由もない。聞くところによると競馬場の大きさに感嘆したらしい。
 損はしない。ぜひ一度目の前で競走馬の美しさをご堪能あれ。ただしGT級の競走馬をお勧めします。
 
 スポーツマンよ!きれいな姿勢で立ちふるまおう。
 そのことは機能を高めることに直結するはずだ。
 
 

【生き方としての姿勢】
 
 素晴らしい姿勢には感動をさえ覚えるが、「姿勢」にはもう一つの意味、つまり「事にあたる態度」というものがある。
  
 今から3年前、岩手県・花巻東高校野球部の菊池雄星投手が西武ライオンズの入団会見でマスコミに答えた言葉は忘れられない。
 「球速や変化球より野球に対する姿勢を大事にしてきました。」
 
 今シーズンもほぼ終了し、いよいよ来季を目指してのトレーニングが始まるが、大切なことは「生き様」つまり「姿勢」ということに集結される。
 
 今を遡ること十有余年。県庁に勤めているころ、当時宇都宮大学の和唐教授に「ヘルスリテラシー」という言葉をご教授いただいた。
 ヘルスとは心身の健康であり、リテラシーとは、すべての人が共通に身につけるべき能力、という意味でよろしいかと思う。
 ある分野のリテラシーを高めることによって、その分野の姿勢は正され、高められるということは当然のように思い浮かぶ。 
 
 例えば、ある競技者が持つリテラシーが高まれば、練習内容はもちろん調整方法などは全く変わったものとなるのは当然である。競技に関する勉強の大切さはそこにある。
 また、ある組織において一部の者のリテラシーレベルが低ければ、その組織全体は停滞する。それゆえ、組織力を高めたいと思う指導者がまず考えなければならないことは、組織に所属する一人ひとりの「専門的な知的能力(その分野に関する常識的知的レベル)を高める」ことである。
 
 そうは言っても、勉強の仕方やアドバイスの方法を誤るとリテラシーは高まらない。
 今の世の中、インターネットにアクセスすれば情報はいやというほど出てくる。しかし、出てきた情報をやみくもに信用するだけではリテラシーはそれほど高まらない。情報を吟味し、生活の中に応用し、上手に対処し続けることによってのみリテラシーレベルは着実に高まる、ということなのだ。
 
 競技者が確実にリテラシーを高めるために意外と単純な方法がある。
 その方法とは、「勝ちたい」と思うこと、思わせることである。
 純粋に「勝ちたい」という思いが沸き起これば、生活習慣の改善、練習内容の工夫、研究への意欲などが変容し、自然とリテラシーは高まるものである。
 当然そのことは人間的成長にも強い影響を与える。
 「勝ちたい」とか「レベルを上げたい」という思いがあってこそ、その過程を通して人間はより一層成長するのである。「教育的配慮を考え勝負はさせない」などといったやり方では人間としての成長をどのような場面で培うというのか?
 このことは、非教育的な「優勝劣敗」「勝利至上主義」思想とは全く異なる、ただただプロセスを重視した極めて教育的なことなのである。
 
 この冬のトレーニング効果を高めるためにもアスリートリテラシーを高めていってほしい。冬のトレーニングがマンネリ化するなどと言ったことは、リテラシーを高めながら実践することで防げるはずだ。
 そのことこそ、「姿勢を正すことの大切さを知り、姿勢を正して事にあたる」ことにつながるのである。
 
 最後に中京大学の籾木君のことを書いて今月の拙文を閉じたい。
 昨秋、齋藤仁志とともに籾木君たちと中京大学で合宿をした。
 ある日の午前練習が終わり、参加者は昼食を食べにコンビニやファミレスに入って行った。すると彼は、まずプロティンを飲み干し、その後自分で作った弁当を広げた。中には母親が冷凍して送ってくれたという地鶏が入っていた。
 プロティンや栄養補助食品に頼る気持ちはよくわかる。しかし、そのようなものを飲んで安心している競技者を見慣れていたためか、(当たり前のこととは言え)、そのような姿勢で競技者をしている彼が極めて「優なる者」に映った。彼の、競技者としての私生活という姿勢を培ってきた母親の姿勢もおそらく素晴らしいものに違いない。
 彼は400mレース前も嫌な顔をしない。私のアドバイスを聞く時も集中し、時には笑みを浮かべ、仏像のような眼で聞いてくれる。彼の競技に臨む姿勢を培ってきた宮崎工業高校の稲垣先生に敬意を表する。
 
 過日の山口国体決勝前、余計なことと思いながら私は「身体(からだ)で走るな、脳で走れ」と抽象的なアドバイスをした。
 国体のおおよそ10日後、彼から電話があった。「国体ではやろうとしてもできませんでしたが、今回は脳で走ることが実践できました」と。
 彼はその日、日本Jr.400mで自己記録を更新、日本選手権A標準記録を突破し優勝した。
 
 
 冬のトレーニングは「身体能力は脳力である!」ということを理解してから入っていくのも悪くはないと思う。
 しかし、判断は読者諸兄にゆだねるしかない。



 

 
  ・「康駿視点」バックナンバー 
     第1回ー人間関係ー(H23.05.08)
     第2回ー速さと強さー(H23.06.08)
     第3回ー岡島宣八先生逝くー(H23.07.08)
     第4回ーインターハイ序破急ー(H23.08.08)
     第5回ーインターハイそして世界選手権終了ー(H23.09.08)
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