時々康駿    第13回(2012.8.15.)       


 北上合宿中に花火と精霊流しを参加者全員で見た。
ボリュームをいっぱいに上げた音楽とともに、花火の打ち上げに絶妙のタイミングで語るDJ。シュルシュルと火柱が上がり、パット夜空に華が咲き、少し遅れて体中に響く爆音。こちらは動、そして瞬。
ポカンと空いていた口を閉じると自然に視線は北上川へ。そこには万の精霊が流れている。こちらは静そして継。いずれも鎮魂の意味合いを持つ。


 ロンドンオリンピックが終わった。大会を思い起こせばこちらも花火。
パーッと打ち上がり、スーゥと散る。人類の歴史が我々の人生、我々の人生が一発の花火。そんな時間関係と考えれば、一発の花火が終わるまでの時間も長いもんだ。だけどはかなさもよくわかる。


 オリンピックも終盤。男子4×100mRが好記録で予選を通過した晩、ある方からメールをいただいた。
「消費税率法案が可決されました。今後日本はどうなっていくのでしょうか。世の中は原発反対のデモが多くの参加者で行われている中、政治的判断で原発の稼働が推進され始めています。大震災にみまわれた現地の復興は一向に進まず、地元を愛する市民が奮闘するものの、国の具体的な筋道は一向に進んでいません。マスコミの情報はどこまでが真実なのか…。そんなことを考えなければならない世の中になってしまいました。ますます『人としてどのように生きていくか』を問われる世の中になって行くのだと感じています」


 オリンピック期間中の法案の可決に何かを感じないか?時期は本当に偶然なのか?これからの日本の庶民の生き方が変わるかもしれない重要なことを、メダルの獲得数の報道が希釈化してはいないか?
もっと恐ろしいことは、役員・選手がオリンピック期間中日本で起きていた重要なことを知らずに帰国し、その後もそのようなことには興味を示さず、競技者としての主張を繰り返すことである。そのようなことを繰り返すとすれば、スポーツに市民権は与えられても、スポーツマンには市民権が与えられなくなるのではないか、と危惧するの私だけなのであろうか。


 オリンピックが勇気を与えるというが、それは瞬時でのこと。
「私の活躍が被災地に勇気を与えたと思う」などと私には絶対に言えない。それだけではない。同じ口から「また、頑張るので応援してください」だって。
参加者の中で一人くらい「オリンピックに出て平和の素晴らしさを知った。これからの人生、スポーツに関わりを持ちながらも、世界の平和を自分の出来る範囲で推進しながら生きて行きたい」なんてコメントする選手はいないのかな。
 オリンピックに参加し政治家に転身した方は少なくない。その中で、母国の将来や世界の平和を、オリンピックに参加した者にしかわからない感性をもって政策に結びつけ具現化しようと努めた人を私はあまり知らない。「それはあなたの勉強不足」と言われようが…。勉強不足と言われることへの反論(?)として「オリンピックメダリストでノーベル平和賞を授与されたたった一人の人間、イギリスのノエル・ベーカーは反核・平和運動家の国際政治学者であった」ことくらいは知っている。


 「花火が終わってからが大変なのさ」とは北上警察署勤務(警察官)の知人の話。それが関係者の辛いところ。なぜならば、翌日からの平常な市民生活のために遅くまで頑張らなければならないからだ。いつまでも余韻に浸っているわけにはいかないのだ。


 政も祭も「まつり」と読む。
 次の祭りを楽しむために、これからの政にも興味関心を示したい。それがこの国を愛するということ。
これからの四年間に人としての生き方と行動の仕方の精度を高めたうえでリオを楽しめることができるよう、このオリンピアード(四年という期間)を意義あるものとしたい。


 このような思いをもてたのも一人の方からのメールがきっかけだった。あらためてその匿名の方に感謝したい。




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