時々康駿    第2回(2012.5.8.)     三好康駿       


 一日とはこうも忙しいものなのか。

 ここのところ、朝起きて家族犬・凛氣の散歩を終えてすることは一日の計画を決めることである。もちろん計画は大雑把に立てているのだからやむを得ないのだが、朝食後計画に沿って動き始めると、次から次へとやることが目に付く。目に付いたことを解決しているうちに、朝立てた計画が直線ではなく蛇行へと走り始める。それが忙しく感じる主な原因であろう。何しろ、やることが多すぎるのだ。
 畑に行けば畑の事で、部屋にいれば部屋のことで、畑の仕事をやりながら、部屋に入ったとたん目に付いたことを始めてしまい、(俺は何しにここに来た?)などということの繰り返しである。
 えっ、それは別に忙しいというわけではない? ああ、そういうことを健忘症というのですか?
言い訳を言わせてもらえば、これまでは担当領域だけやっていればよかったわけで、今は全て自分でやらなきゃ事が始まらないのですよ。おわかりですか?

 家を新築して25年も経った。実家に住んでいるころ購入した本を、新居(もちろん当時の)に運び、そのうち整理しようと思っていながら一度もせずに今日となってしまった。その間蔵書はどんどんと増え続けていたわけであるから、よく雪崩現象がおきなかった、と不思議なくらいである。

 私の書斎はお世辞にも広いわけではないが、とりあえず三方は天井近くまで作り付けの本棚があるのだが、現在は隙間は全く見られない。満員電車にホームの係員が乗客を押し込むがのごとくだ。
さすがに、どこかの県の元知事ではないが「何とかせにゃいかん」と真剣に考え始めたが、畑仕事に時間をとられ一向に蔵書整理が進まない。そうは言っても、畑仕事同様に自分がやるしか事は解決しない。
ジャンル別か作家別か、などと考えているうちに、妙案を思いついた。それは、もう必要なさそうな本をピックアップすることだった。

 そうして始まった蔵書整理であったが、すぐに問題が出現した。その本の始末問題だ。
 当初は鹿沼東高校か佐野高校に寄贈しようかと思っていたが、体験上図書館司書が全ての本を歓迎するわけではない。売っても安いし、売れるとも限らない。神田まで持ち込んで持ち帰るのでは、洒落にもならない。
 そのような悩ましい問題に直面していた先週、北上を訪れたときに話は急転直下した。震災後、「辞書がない」と話を聞き、鹿沼東高校の職員生徒に協力を依頼したとき250冊集まったことを思い出した。「そうだ、宮古工業高校に寄贈すれば喜んでくれる」と相成ったのである。

 5月3日〜5日までJUVYの春合宿に参加する宮古工業高校のバスに乗せよう、と思いつき以下の本を段ボール箱に詰め込んだ。「中国の人と思想・全11巻」「日本の風土・全15巻」「日本史探訪・全7巻」「批評日本史・全6巻」「人物日本史・全12巻」「四季飛鳥・全4巻」これらに加え、10冊の本で計60冊である。引率のK先生に見ていただき、とりあえず全冊OKとの回答をいただいた。

 作業をしていると、ふと手がとまる。(この本読んだっけかな?)確認のため、パラパラとめくると大体思い出せる。
 それにしても、果たしてこれらの本が自分の知識量を増やし、精神形成に役立ったのか、いささか疑問も生じてきた。
 本なんていうのは、気に入ったのを1〜2冊持って、一人旅に出る。そういうときは列車に限る。読んで、景色を観て、飲んで、夢見て、金がなくなったら帰ってくる。そうして自分の軸をぶらさずに戻ってこれればOKなんじゃないか?そう思い直した。
 第一、お前さんの好きな車寅次郎はそうだったんじゃないのかい。彼は本は一冊も持っていかなかったようだが。

 バスで岩手に行っちまった、60冊とはもう会えない。(佐野や鹿沼なら…)と思うと…。
ほらほら、もう軸がぶれている。「お前ら、宮古の子ども達に元気与えてやれよ!それじゃーな」と言ってなぜ別れられないの。

 値段のことを言うのも何だが、ずいぶんと買ったもんだ。
 本を読んだからと言って、何てことはない。飲み屋で知らない客と意気投合したり、説教食らったり、そんなもんでも人生は同じだったかもしれない、などと思っているが、今度は(どの本を残そうか)などと悩んでいる。
 土に還ったとき、「この本、先生の遺品としていただけますか?」なんて言ってくれる殊勝な人はいないのにね。

 まだまだ忙しい。現金にはならない忙しさを、当分楽しもう。



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     第1回(H24.05.01)



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