時々康駿    第4回(2012.5.24.)       

 大相撲五月場所、東京六大学野球春季リーグ戦、関東学生陸上競技対校選手権大会をはしごした。全て昔から観戦が好きなスポーツである。
 どこの会場に行っても「がんばろう日本」が目に付くが、どのようにがんばって行けば良いか考えている人はどれくらいいるのだろうか。
 日本全体に目を転じてみても、いつの間にか3.11前の状況に戻っていることが多い。「自分さえ良ければ」とか「今さえよければ」いう発想がリーダーの言動からはっきりと見られる。特に原発関連の発言やマスコミの対応には辟易を通り超えて、我が国の将来に絶望さえ感じる。

 5.8に筑波や栃木県芳賀地区を竜巻が襲った。
 5.10の正午、天気予報通り私の住んでいるところは雷とともにヒョウの襲撃を受けた。窓から畑を見つめていると、植えたばかりの野菜の苗が直撃されている。このような時、動物は逃げられる植物は逃げられない。見る見るうちに葉や茎は無残な姿となっていく。天気が落ち着いてきたので、外に出ると苗のほとんどが壊滅状況だ。家の網戸も穴だらけになっていた。

 親交深いW氏から紹介された本を読んだ。
 「アセンション」
 今、地球は脱皮中。5.21から更なる変化が訪れるという。
 地球が姿を変えようとしている時に人間だけが、このままの生き方で生き続けてよいのか?
 我々は人間同士、国同士の外圧対策を考えているが、自然からの外圧に耐えることができるのか?

 相撲界は暴力問題や八百長問題で大きく揺れた。それではその他のスポーツは問題はなかったのか。
見えないところでも観ていれば見られるようになるはずだ。それが、問題解決につながるはずだ。
 「○○ができる幸せを感じ・・・」などと言っている場合じゃないのである。そんな事は、ある意味いつの時代でも同じ、人それぞれの立場から考えれば当然のことだったはずだ。

 70年代、上条恒彦(実際には「上条恒彦と六文銭」)が歌った「出発(たびだち)の歌」は大ヒットした。この曲は世界歌謡祭でグランプリをとったわけだが、その時私は日本武道館で鳥肌を立てながら聞いていた。その歌詞を今思い出している。
 地球に棲む人々が幸福に生きるために必要な生き方を個として集団として確認し、覚悟を決め、動き出さなければならない時がきているのではないか。
 それならば、あの歌を聞いて大人になった我々が実践することで歌謡曲が文化となるのではないか。

 三つのスポーツを観戦し、私の弔辞を読むことが決まっているNらと飲んでいて思った。
 まずは、これまでの概念を疑うことから始めよ。
 おかしいと思う感性が生じたら、迷わず生き方を変えよ。
 そのことで地球の脱皮に同調することができるかもしれない。

 今週末は岩手県高校総体に出向く。
 1ヶ月前に指導した選手たちが、試合でどのような動き(心技体ともに)をするか。彼らを観ながら発見したことを顧問に伝え、本人に伝えレベルアップの一助にする、という新しい手法の試行である。
 二日酔いではできない仕事と心得ながら移動する。



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     第1回(H24.05.01)
     第2回(H24.05.08)
     第3回(H24.05.13)



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