時々康駿    第8回(2012.6.28.)       

 日本選手権が終わったその日、大阪の某大学のI.A教授(以下、本人の希望もあり「Aさん」と記す)のご自宅にお邪魔した。今回はその方の話から入る。

 1976年12月5日、筑波大学で勉強会が開催され、25歳の私も参加した。その際、Aさんが「人間の筋肉の付着に注目すべきであり、スプリンターは大腿の付け根を大きくするようなトレーニングを考え、実践すべきである」との発言をしたことが私の覚書に記してあった。日本選手権〜地区高校の旅を終え、書斎の机上に積み上げられていたノートを何気なく見ていてそれを見つけた。
 その部分が目に付いたのは、明らかにその部分が光っていたからである。なぜならば、35年後の2012年6月10日の小さな小さな勉強会(Aさんと北海道のSと私)の内容が宿酔のように残っていたからである。
 AさんはSや私にとって大学の先輩であるだけでなく、合宿所の先輩でもある。そのような一種独特の親しさもあり、卒業後も親しくさせていただいていた。私的にはAさんの理論に共鳴することが多かったが、Sや私は研究者ではない。ならば、現場で実践するしかない。実践し結果を出すことが仮説理論の証明になると信じていた。そこには普遍なるものの追求があった。
 若者に速く走るコツを伝えたいが「仮説理論というシャボン玉の中にあるような知識の伝達で速く走れるようになるか」ということと「すでに出来ている動きをどのように変えれば速く走れるか」という悩みが指導者になってから常に脳内を支配していた。さらには、そのような重大な(あくまでも私にとって)命題を学校の部活動の時間だけで解決できるのか、という悩みも加わっていた。

 我家にはまもなく6歳になるジャーマシェパードドッグが同居している。室内犬である彼は10坪のフローリング+αで一日の大半を過ごす。彼は屋内を小回りで走っても、屋外を悠々と走っても、見ているかぎり違和感はない。全身の筋肉をバランスよく使いながら走る。もちろん彼は筋力トレーニングも動き作りもしていない。彼と生活していると、動き作りに対する疑問が生じてならない。
 私には不可解な性格がある。それは、思い込むといろいろなことが思い起こされるというものである。動き作りを考えていたら、リーィングトレーナーを何度か受賞している調教師のN氏と飲んだときの言葉が浮かんできた。「馬には動きを教えることはできないのです。走っているうちに、群れの先頭に立ちたいと思う「気」が速く走るために使う筋肉を刺激して強くなるのかもしれません。その辺も素質なのかも知れませんね」。
 果たして、動き作りが結果となって現れるものなのか?動き作りで人間の疾走動作が変わってくるなどということは指導者の自惚れなのではないか?などの思いがないわけでもなかった。

 しかし、私は人間として「スポーツを単なる筋肉活動ととらえる誤り(ユネスコ)」を犯したくない。Aさんとの勉強会で一つの電球が(薄明かりながら)ともった。

 速く走ることのできる人の動きを分析し、遅い人と比較してどの部分が使われているかを知る。
 動作を真似ることなく、どのような方法で神経系に刺激を加えるかを追及する。
 その神経系に支配される筋肉を活発に活動させるためのドリルを開発する。

 成果を求めるために必要な研究室と現場の共同作業である。
 仮に、速く走るために必要な筋肉を「腸腰筋群」としよう。別に「ハムストリング」や「殿筋群」でもかまわない。しかし、「腸腰筋群」が速く走るのに使われる筋群であることは知っていても、どの場面でどのように使われるかを知っている人はあまりいないのではないか。
 研究を現場に伝える、現場が研究を求める。私の学生時代にも聞かされていた言葉である。今でも同じ言葉が当たり前のように交錯する。情けない話である。

 2012年6月10日。
 Aさんは35年前の言葉を時間をかけて証明してきているように、私には映った。
 私には、若いころの発言を時間をかけて証明できるものがあったのだろうか。

 今回の旅の終わりは北上で〆た。そこで32歳の若きトレーナーのT氏と上述のような会話をしているときのこと、氏から「先生、後継者は大丈夫ですか?」と言われた。一瞬「何のことかいな?」と思ったが、「なるほど、このような心配をしてくれる若者もいるのか」と思い、苦笑いで返すしかなかった。

 昨夜は弟子たちとしこたま飲んだ。つまみは私の作った野菜が中心だった。若者にはつまみは物足りなかったかもしれないが、会話は充実していた。
 そこでは楽しみにしていた疾走技術論はでなかった。昨夜は技術論より人間論で終始した。それが基本だ。速く走る前に何かを知らなくちゃね。



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